本日は仕事納めである。
振り返るとあっという間の半年であった。
仕事に慣れるだけで過ぎた3ヶ月。
慣れ始めて新たな発注が入り始めた4ヶ月目。
作業手順の改善と新しい情報を加えるトライアンドエラーをした2ヶ月。
これから先は、カレンダーイヤーでの総まとめの時期、年度末に、季節調整の数字を作り続ける季節、そして担当変えの時期。
これからの進む道を考えないといけないのだが、ほとんど考える時間はなさそうだ。1年の計は元旦にあり。ここで考えないといけない。まずは、午後休にして幸先詣をして考えよう。
あるメーカーの新規事業開発者が官僚の世界、それも永田町へ出向。そんな異世界転生して持って行けたスキルは度胸くらい。起きているイベントがフィクションか、ノンフィクションかはご想像にお任せします。
本日は仕事納めである。
振り返るとあっという間の半年であった。
仕事に慣れるだけで過ぎた3ヶ月。
慣れ始めて新たな発注が入り始めた4ヶ月目。
作業手順の改善と新しい情報を加えるトライアンドエラーをした2ヶ月。
これから先は、カレンダーイヤーでの総まとめの時期、年度末に、季節調整の数字を作り続ける季節、そして担当変えの時期。
これからの進む道を考えないといけないのだが、ほとんど考える時間はなさそうだ。1年の計は元旦にあり。ここで考えないといけない。まずは、午後休にして幸先詣をして考えよう。
仕事は暦通りなので28日までは仕事となっている。
忙しい部署ではあるが、最終日は有給休暇を使って休み人は結構いる。あるいはテレワークにして、通勤時間を0としてみたり、と各々が工夫を凝らしている。
一昔前だと、最終日には部署のメンバーが納会があって、軽くつまみと飲み物、蕎麦を食して1年の苦労を労うというのがあったが、今はこのご時世ということもあり、どうやら無いようである。
明日も登庁予定である。なぜなら、この日にとある統計資料が更新されるからである。
入社以来、有給休暇をもっとも消費しない年となったこの1年。最終日くらいは休みたかった・・・
今日は、楽しい楽しいクリスマスイブ。
とっとと仕事を切り上げて、ケーキとワインを買い込み彼氏彼女や家族と楽しく過ごすのが吉。
なのだが、夜の10時を回っても結構な数の職員がいる。
いい加減帰ろうよ・・という最中、今日中に資料の更新をお願いしたいのですが、という発注が来る。仕事とはいえ、ここから依頼し始めて、今日中にとは中毒状態である。
働き方改革は、内部からすべきだろうなと思うクリスマスイブであった。
官庁の中でも民間出向者が多い部署である。3分の1は民間である。
プロパー職員は3分の1程度と少ないのは、外の能力を取り入れて組織を常にフレッシュにしておくためだと思われるので、良い制度設計である。
ところで、民間出向者だが、シンクタンク、信託銀行、メーカーなどから来ており、その名を知らない会社は無いという所ばかりである。しかも、出世ルートに組み込んでいる会社が多く(弊社を除く)、優秀なメンツが集まっている。
出向者は、既に仕事をいくつかこなし、会社が認めた人材である。つまり、プロ。
一方でプロパーの職員は、大学の専攻が経済学かもしれないが、入って数年のアマチュア。管理職クラスになってくると、幾つもの部署で鍛えられてくるのでプロになってきている。最後の判断は管理職以上で行う。
民間の力をベースにして、最終判断はプロ。そこに挟まれたプロパーのアマは鍛えられて育っていく。よく出来たシステムである。
経済の分析部署なので、嫌でもマクロ視点で経済動向を見ることになる。
日本は、東日本大震災以降、経済成長がゆっくりになった。バブル以降の失われた10年、20年といわれるが、経済指標を見るとバブルの勢いは無いが、実は大して失われていない。リーマンショックも米国と比較すると回復は弱いのだが、それでも発展しているのだ。
しかし、東日本大震災だけはちがっていた。ここから回復ペースがガラッと変わっている。
首相が現場に行ってしまう、現場に任せず首を突っ込むなど、大失態があったが、影響はそれだけにとどまらず酷い結果になったということだ。復興庁がいまだに存在していることからも物語っている。日本は震災からの立ち直りは失敗したと言える。人々が立ち上がる力を削いでしまった。
その間に、中国をはじめとする諸外国に抜かれていき、国際社会でのプレゼンスを下げる形になった。日本は震災の経験を糧にして、新しい形になるべきだったのだろう。
次の震災の時には不死鳥の如く蘇って欲しいものである。
12月は師走。忙しい。
通常月のサイクルの場合、毎月の報告会が終わるとひと段落つくことができる。
しかし、師走は名の通り忙しく、全く一息つけない。来月発刊予定の書籍があるからだ。
さらに、年明けの報告会の予定が早まるため、正月休みによって、他の日に仕事の皺寄せが来ているのである。したがって忙しい。
部署によっては1年サイクルで進むところもあるらしく、年間で忙しいのは特別な月のみで済むらしいが、ここは毎月忙しくなる。そこに毎日の突発的な仕事の発注が入り、年ベースで仕事の発注が入る。
そうなるといつでも忙しいのだが、師走は特別。ということになる。ここしばらく、家で夕食を食べていないのも当然である。クリスマスの時期くらいにはゆっくりしたいものである。
人件費などの費用は税金から出ているのだが、国の場合はある意味で資金が無尽蔵にある。くる案件がほとんど急ぎで重要なことなので、人件費については上限無しで使う。しかも組合がないから、使えるだけ使う。
一般の企業から見たらあり得ない事態である。事業採算性を見る上で、人件費をどう見るかは重要なウエイトを占める。地方の行政の場合は収入が限られているから、上限はやっぱり決まっている。
国の場合は決まっているとは言え、税金という形で潤沢にある。企業が1円以下のコストダウンに必死になっている傍でバンバン使っていくのである。自分達でお金を稼ぐならビジネス感覚が育つと思うのだが。
もっとも、公務員にとって予算は使い切るものである。
人使いが、なかなかに荒い。
本日付で最終登庁日となった人がいるが、20時を回って普通に上長に対して報告をしている。その後にフロアー内での挨拶があるが、挨拶が終わった後も仕事が続くという。
ドン引きである。
さらに、その仕事が終わった後に私物の片付けを終わらせる必要もあり、当日中に帰宅できるのかは不明である。しかも、年明けから新しい職場で働くという。場所は九州。となれば、引っ越し。引っ越しは月曜日とも聞く。
このくらいのスピードで動くのが普通かと言われれば、多分異常な部類である。しかし、本人も気づいていなければ、周囲も気付いていない。
某掲示板でブラック企業板が出るほどの企業に勤めている私が驚くのである。ただ、これも文化なのだろう、変わる気配はないし、治す気配も無いように思われる。
官庁を目指す若人は中毒レベルの仕事好きか強烈な使命感を持っておくのが良さそうだ。少なくとも収入は安定しているので、ハマってしまえば、天職だ。
吊り橋の上で恐怖や不安を一緒に体験した人に恋愛感情や一体感を持ちやすくなる感情を指す。
日々、締め切りに追われる職場ならば、吊り橋効果がどんどん起きている。仕事を進める上ではプラスに働くことはあってもマイナスは探す方が難しい。
そこに注文をクリアしたという達成感が加わるのだから、ドーパミン出まくりである。どうりで長時間労働にも耐えられるはずである。
長時間労働については生産性の面やQOLの面などから色々言われるが、嫌だとできるものではない。能力はある人たちなのだから、嫌だったら自分で解決策を考えつくはず。恐らく好きでやっているのだ。
好きでやっていることを無理矢理辞めさせられることほど無駄なこともない。なかなか特殊な職場である。安定しているのは給与だけ。仕事も体力も精神状態も決して安定はしていないのが公務員。ジェットコースターのような緩急激しい体験を長時間求める若人には天職である。
どの仕事においても求められると思うが、自ら学び追求していく力は公務員の場合は特に求められる部分である。
激しい受験勉強を突破して辿り着いているから、元々、その素質は十分にある。逆に言えば、そのような素質の無い人は採用されないだろう。だから、元公務員は転職する場合に重宝される傾向にある。Ⅰ種合格者なら尚更である。
その姿勢を何年も続け、習慣となることで官僚という強い組織が出来上がってきたように思える。ただ、さまざまな理由はあると思うが、諦める人も一定数居るようである。いわゆる働かないおじさん問題である。
組織内の置いておくと伝播してしまうので、人事異動の際に違う部署へと移ってもらいその影響を排除する。しかし、それも案外悪いわけではない。トップの2割、普通の6割、仕事をしない2割の働き蟻の法則の通り、8割に入る可能性があるのだ。
よく出来たものである。
一方で、若い時の我武者羅な働きに対してもらえる額は少なく、中年期等ではその働きに応じた額、壮年期には働き以上の額をもらうという日本式の給与形式だと、働かないおじさんが出てくるのは当然の話でもある。
働いているおじさんでも働かないおじさんでも、若い子を飲みに連れて行って奢るような還元だけでなく、武勇伝を語ったり、若手のグチを聞いて心の扉を開き人物見極めをしたりと、おじさんの役割は仕事場と離れた場の両方にある。飲みの文化も含めて、よく出来たものである。
政府で公開している統計は650以上あり、重要さの度合いに応じて分けられている。
その中でも特に重要になってくるのが60ほどある基幹統計である。
国勢調査、国民経済調査、家計調査、鉱工業生産指数、貿易統計、国際収支など経済系のメディアやNHKで無くても、その動向は取り上げられる。
それが分かったから何の影響があるのかといえば、これまでの経済活動の結果を振り返り、先行きを予想したり、修正したりするために使うのである。金利が変わったり、税金の新しい枠ができたりと我々にとっても影響が出てくるものが結構あるのだ。
それらの分析をする上で、基礎とするのが基幹統計である。
そのため、正確性と速報性、そしてその数字の信頼というものが重要になってくる。その信頼を作るのは一朝一夕にできるものではなく、無くなるのは一瞬である。これまで作り上げてきた人たちの苦労を思うと大変なものだったと、今では想像できるようになった。
正確性を要求される基幹統計であるが、締め切りまでに提出できない会社があるので確報が出てからも修正が発生する。遡及改定。「何だよー、どのくらいの差が出るのか試算しなきゃならんだろうが、仕事を増やしやがって。」と悪態をつかれながらも許してもらえる。
しかし、二重計上や数値を均して記載というのは、基幹統計ではやってはいけない行為である。ミスというより改ざんに近く、これはまずい。
ただ、これが発生するということは、ムリ、ムラ、ムダ(3つのM)が作業の中に含まれているということである。根本対策とは、この3つのMを無くすことであり、チェックを強化するなどでは無い。
基幹統計という難しい分野で先人の積み上げてきたものを生かすためにも、知恵を発揮して素晴らしい再発防止策を立てて欲しいものである。
ここ霞ヶ関は混乱を嫌う文化である。
もっとも、好きな人は居ないと思うが、それにしても極端なくらい混乱を嫌う。
内閣総理大臣をトップとした忙しい日々を過ごす国会議員が集う場での時間のロスは、そのまま国の問題解決の時間のロスになる。そのため事前にさまざまな対策を裏方として練っておくである。
そうなるとほぼ台本のようなものが出来上がる。棒読みと呼ばれる次第である。熱弁をふるう各党代表の答弁もほぼ一言一句前日には分かっている。この中に質問が含まれているので、事前に把握しておき、それに対応する最良の答えを準備しておくのである。
システムとしては素晴らしいものである。戦後、さまざまな課題があり、これらを解決してきた実績を考えれば素晴らしいシステムである。
だが、少し引いて眺めると、さながら劇である。舞台は国会議事堂、役者は議員、脚本は役人、演出は議員本人。題目は国民。では、観客は・・・?
劇に混乱は不要である。演目としての混乱は楽しみだが、そうでない混乱は見ていて見苦しいものである。そう考えると脚本家として混乱は自らの能力の無さを披露することになるのだから、嫌うに決まっている。
では、劇として見ずに会議としてみたら?
質問も回答も決まっている会議なら、事前にアジェンダを配布しさらに深い議論を進められる。そこには混乱も沈黙も存在するのが普通だ。それをしないなら、無駄な会議なのでやめましょう。と、民間なら、なる。
果てさて、混乱は歓迎すべきものか、嫌うべきものか。
若手の話
盛大に寝坊したらしい。午前中に調整すべき大事な会議があったものの、目が覚めたら夕方だったという。
別のメンバーが対応できたので事なきを得たようであるが、大騒ぎになったようだ。
担当の問題ではある。しかし、事務仕事が続き夕方まで目が覚めないという状況は組織として考えないといけない。あまりにも無理が溜まっているという証左なのである。
製造業の場合、加工機などに囲まれているので、下手をすると命に関わる事故が発生する。そんな重大な事故を防ぐためにヒヤリハットという言葉で示す習慣がある。
重大事故が発生する前には、ハッとする事象が30個、一つのハッとする事象の前にヒヤリとする事象が300個くらいある経験から、ヒヤリの段階で手を打とうというものである。
今回の例でいえば、ハッとの事象である。
製造業なら、もう、重大事故の一歩手前という認識を持って部長以下対策を練り始める。官庁でもそのマインドが欲しいところ。製造業から出向している身としては、展開するのもお役目なのかもしれない。
官庁のDXはなかなか遠い。
文書作成にワード、エクセル、パワーポイントを使っているのだが、共同編集ができないバージョンである。
セキュリティーの問題が大きいのだと思うが、それにしても使いこなしの余地があると思う。ファイルを共有フォルダに置いて、そこから引っ張ってくることで業務効率化されるのは、2000年台で完了している思想であり、遅れている。
今は共同編集だったり、自動的にデーターベースが出来上がり、ダッシュボードも作れるのが主流。さらには人が多大なコストを払って作っていた間違ってはいけない文書もRPAでさささッと作れて、過去のバージョン管理も自動で行う。のだが、今は全て人力。
業務を一から定義し直さないと、単にネットワークでファイルが見られます、共同で編集できます、がDXになってしまう恐れが高い。業務改善は、プロセスを把握した人ができる行為なので手がかかるし、コストもかかるが、そこを越えてしまえば大きな成果が得られるのである。
抜本改革を標榜するなら、業務の見直しにケチらずコストを掛けるべき。全体の奉仕者であるが奴隷ではないし、国民に忖度して予算を削り本質的な仕事ができない状況に向かう必要もない。ここが遅れるほど、莫大な見えないコストになるのだ。30年後のなりたい日本の姿から導き出して制度設計を進めて欲しい。
とうとう100日目となった。
仕事に慣れてきた頃が一番危ないというので、気を引き締めていこうと思う。
それはそうと、官庁への問い合わせ方法が未だ電話である。
メール、チャット、問い合わせフォーム。いくらでもありそうなものなのに、問い合わせ先に担当者名を記入して電話が書いてある。
問い合わせが電話であることのメリットは、残らないこと。デメリットも残らないこと。
もしかすると回答を残すのが嫌なのかもしれないので、メリットのみ享受している可能性はある。ただ、問い合わせフォームを作って組織的に対応すればもっと楽になるし、回答集が蓄積されれば組織としても強くなっていくと思うのだが。
DXは仕事の見直しがスタートである。こんなところにもDXのネタがあるのだ。
民間企業の場合、先輩に連れられて飲みに行き、翌日は二日酔い。という状況はまぁまぁ、ある。特に若手の場合には酒の飲み方・注ぎ方や翌日の仕事の仕方なども先輩から教えてもらうことが多い。
官庁だとどうか?
その点はあまり心配ないようだった。先輩が若手を連れ出し、2次会、3次会になるに連れて先輩が全て奢るという、私にとっては普通の習慣がここ霞ヶ関でも行われているようである。
当然、飲んだ翌日(または翌週)の朝イチで先輩の下に駆け寄り、お礼を言うことも行われていた。
先輩としては、自分も若い時に先輩にしてもらっていることが多く、その先輩に奢ってもらったお礼を今返しているだけに過ぎない。
飲みニケーションという言葉が廃れようとしているが、ここにもまだまだ残っているようである。
久々に親元の上司と面談があった。
その中での一コマ
私「これから統括官へレクがあるんですよ。」
上司「へぇー、レクリエーション?楽しい職場だね。」
私「あ、レクチャーです。自分が担当している分野の経済動向に対して説明するんです。」
上司「担当者にプロフェッショナルの意識とモチベーションを持ってもらう良い方法だね。うちでも導入するかな」
着任直後の私の反応と同じである。レクの意味の取り違えから始まり、システムとして優れている部分に目が行く。
担当がその分野を一番知っており、その中からピックアップされた動きを上司が統合して、さらに上司(この場合は大臣)に報告する。各人の能力任せなところはあるがよくできたシステムである。
ある目的に向かった課題を達成するために敷かれたピラミッド構造の組織設計と運用は、官庁が秀でていると思う。民間企業はそれを学んでおくと良いと思う。ただ、若い段階で出向になり、そこまで気づくかというと難しい。
かくいう私も全く畑違いの分野から、一応、人事部扱いで出向になったことで人事制度についても目が行く用意なったのであって、元の部署(DXを推進する部門)だったら気づきもしなかったことだろう。
民間企業は積極的に取り入れて良いと思うし、官庁は民間へそのノウハウを伝えに出向しても良いと思うのである。
久々に見る立入禁止の貼り紙。
公園にある穏やかな立入禁止ではなく、これでもか!というくらいの大きな紙で立入禁止が貼り出されている。
それもそのはずで、とある統計を集計している部署の扉。日本のみならず、世界も注目する数字を叩き出す部署である。事前に知ろうモノなら、様々なことに応用可能である。
普段は開けっ放しで廊下からまぁまぁ中を確認できたりするのだが、この時期は中を窺い知れることはない。行き交う人の足音が大きく早いことやプリンターが四六時中動いていることから忙しくしていることは想像に難くない。
大きな影響を及ぼしているということがモチベーションとなるなら、こういった部署での仕事は天職以外の何物でもない。やりたい事と出来ること、期待されていることが合致した人は幸せであろう。
配属される部署によって大きく異なるのだが、毎月同じ仕事が発生する職場では1ヶ月があっという間に過ぎていく。
大体、上旬に大きな報告が一件。並行してレポート一件。中旬に大変忙しいのが一件。下旬に作業量だけはべらぼうにあるのが一件。これをこなしているだけで1ヶ月が瞬く間に過ぎていく。
さらに、国務大臣からのオーダーが入れば最優先で仕事を進めるし、国会が開催されればさらに忙しくなることこの上なしである。
そんな日々を過ごして早くも6ヶ月目に突入した。作業自体は3ヶ月程度で慣れたが、考え方はまだ慣れないのと、半年経っても新しいことが次々と出てくるのである。これまでの仕事とは大きく異なるので覚え、学ぶことばかりなので飽きないといえば飽きないのだが、気が休まることもない。
4半期ベースだったり、1年単位で進む仕事の場合はどうなのだろうか?興味深いところであるが、いずれ折を見て聞いてみたい。
公務員は安定しており、倫理に抵触することをしなければ定期的に昇給して生活していくことができる。位置付けも、大企業までではないが十分高級取りの分類に入る。という認識があるが、特に間違いはない。
そんな中でも、民間に行くという選択を選ぶ人も少なからず居る。
民間も楽な場所ではないという声も聞こえてこようが、当人のポテンシャルは十分にある。厳しい受験戦争を乗り越えて名の通った大学を卒業し、無茶苦茶な倍率の公務員試験を通過し、希望の省庁への適性をクリアして入ってくるのである。民間の企業にも相当優秀な人材はいるが、結構なポテンシャルがあると言える。
むしろ、官庁に染まり切る前に新たな道を模索するチャレンジャーは積極的に取った方が採用コストを考えるとお得なのではなかろうかと思ってしまう。
新しい道を進むにあたっての唯一の懸念事項としては、コスト意識の違いである。正確性を求めて多大なコストを払える国の機関ではなく、最小にも到達しないコストで成果を求められる民間企業(というところもある)という差。
とはいえ、様々なリスクを見た上でチャレンジするのである。ぜひ円満退職し、民間の良さを元同僚に伝え、有能な人材を民間に流す役目も果たして欲しいものである。次の職場での成功を願ってやまない。
私の宮仕への出向が終了を迎えた。 長いようで短い2年間であった。 この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった...