私の宮仕への出向が終了を迎えた。
長いようで短い2年間であった。
この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった。このようなプロセスを経て国の判断に影響を与える情報を提供していたことは、これまでに経験したことのない大きな責任であり、誇りでもあった。
世に言われることと随分違うと思ったことの一つに、国の動きの遅さがある。国の機関において、その動きは時折遅いと言われるが、実際には半分は誤解であり、事前の準備に膨大な時間とエネルギーを費やしているため、見えるようになるまでに時間がかかっていたのである。実際に一度動き出すと、そのスピードは驚くほど速く、止まることはまず無い。この特性は、国の機関の柔軟性と効率性を示すものであり、その両面が存在することを理解できた。もっとも、方向修正が極端なまでにしにくいという悪い面もある。実際、在任期間中に出向者全員が引き上げても国は文句を言えないような事態が発生したのである。大多数の人にメリットのある改正だったのだが、私のような出向者へは改悪以外の何物でもない制度改正であった。とある税金を定める省庁のミスであり、多くの出向元企業や経済団体からも猛抗議から所属省庁が改正案を出した省への見直しが出たにも関わらず、変わらず大人の対応に落ち着いてしまったのは、かなり残念な話であった。とある世界的企業は、出向者の派遣を今回限りにする対応を見せたのが、今後見直しに向けて響くといいのだが。
悪い面は印象に残るので、つらつら書いてしまったが、報道も同じ状況に陥ることがある。実は、国は驚くほど多くの情報を提供してい流のだが、その情報が報道を通じて国民に届けられていないことが分かり、国も報道も非常に歯がゆいと思っていることが理解できた。報道機関は、発信者の意図を理解し、正確に情報を伝える使命感を持っていた。しかし報道機関の一部の者は、悪意に近い立場から情報を伝えることがあり、その影響はネガティブであるほど拡大する仕組みも学べた。このような課題に直面しながらも、大多数の官僚、政治家、マスコミ関係者は、日本をより良くし、国民の幸せを追求するために使命感に燃えて仕事を続けているのである。中に入って、みることができたからこそ、理解が進んだのは実感できた。
しかし、この熱意や現状が伝わらないことも事実として残っている。相互理解の不足が、時折、誤解を生むことがあることも認識できた。こうした状況があるからこそ、私はネガティブな情報や後ろ向きな考え方に惑わされず、判断ができるようになったのも一つの成果であろう。
日本という国は、使命感に燃え、国民のために尽力する多くの素晴らしい人々で成り立っている。嘘だと思うなら、中に入って一緒に仕事をしてみると良い。案外門戸は開かれている。未来に向けてより良い日本を築いていく可能性を掴めるのなら、チャレンジしてみることをお勧めする。きっと人生観が変わり、それまでとは異なる大局観で物事を見ることができるだろう。この出向でその一員として参加し、国や社会に貢献することができたことに感謝すると共に、この機会をくれた会社、受け入れてくれた部門、共に働いたメンバーに感謝の念が自然と湧いてくるのだ。