2024年12月23日月曜日

Day291 類は友を呼ぶ

 忘年会を終えたあとは年末モードである。年始もしばらくはエンジンがかからないので、併せて年末年始モードと呼ぶとすれば、今がそう。

無茶な話は来ないし、心残りのあった仕事に着手できる時間帯である。この時期に仕込んでおくと次が楽になる。

話題がないのが最も良い話なのだが、話題がない筈がなかろう!ということで(実際、大なり小なり話題はあるので)話題を探す。それも、出した場合に納得してもらえるようなレベルの話題にしないといけない。このあたりは雑誌の記者と似ているのではないかと勘繰っている。

そういえば、メディアの記者には不思議と親近感が湧くのである。多分同じような苦労をしているニオイというのがあるのだろう。記者クラブというのは、悪い面もあるが、総じて最小限の手数で最大の効果を得る方法だと感じる。不思議だが。たまにスキャンダルなどがあると、どうにかして言質を取ろうとする記者が出てくる。このような人は、一言目からイヤな違いがある。仕事だからというのを差し引いても、少々カチンと来るような聞き方をする。北風と太陽の話を知っていれば、北風のようなことはしないと思うのだが。とは言え一種のカンフル剤にはなるし、馴れ合いになっているなら迎え入れるべきだろう。




2024年12月21日土曜日

Day290 年末年始モード

仕事の 山を越えるとゆったりできる。

特に忘年会はある意味で部署の公で山場を超えた証。

これから後は年末モード突入である。

久しぶりの飲み会などで1年の労を労う。宮支えの場は、まつりごとに近いのでやっぱり酒で清めるのである。浴びるほど飲むのが礼に適っている。回数が多いほど良い。誠に神事には酒がつきものである。

今日は礼に適う振る舞いをするとしよう。



2024年12月20日金曜日

Day289 不夜城と報酬

 不夜城と称されることが多い宮支えであるが、流石にこの時期になってくるとそこまでではないことがある。もちろん、執筆物などの締め切りがあるのならば、話は別である。

実際今日は、定時を過ぎたら人が少ない日となった。

夜の10時を過ぎた頃から、人が少なくなることは多いが、19時前の定時時点で少なくなっているのは、珍しい状況である。

しかし、これはこれで面白い状況である。盆や正月は人が少なくて仕事が捗るという人もいるが、まさにそれになりそうである。

自分の仕事を集中してできることが何よりの報酬なのかもしれない。



2024年12月16日月曜日

Day288 1分1秒を争う働き方とは

報告開始まで、残り5分。急な予定変更とは言え、報告する人に連絡が付かない。最悪の場合は、抜きで報告に向かい、時間を稼ぐか、はたまた代わりの人が報告することも考えよう。ことは1分1秒を争う事態である・・・。と思ったら、やっと来た。これでなんとか間に合った。

ということが起きた。企業の場合でも、起きる。役員へのプレゼン資料に間違いが見つかり、急いで修正するといった具合。ここでは、急な報告でプレゼンターが到着していないという話であったが、正直なところ、資料の間違いやプレゼンターの遅刻が起きたとして、修正もリカバリーもどちらも行えるのである。誰かの命が掛かっているわけでもない。メロスのような状況ではない。いや、メロスでさえ、寝てしまったり休憩している。

もっとも、サラリーマンとしては致命的であり、宮支えの場合も致命的である。その場で死刑宣告されないものの、じわじわと利いてくる。と思われている。

おそらく、この部分が改善されない限り働き方を換えていくというのは、無理な話なのではないと思われる。テキトーな報告をしては話にならないが、適切に行われれば良いのであって、1分1秒を争う必要性がないだから、実は簡略化できる。あるいは、下の者に判断を任せてしまって良いものである。同じ効果が得られるなら、権限は移譲して上に立つものは1分1秒を競わせるのではなく余裕を持って構えておくのが良いのである。

もしかすると、本当に1分1秒を争う案件になった時に真価を発揮するようになっているのかもしれないし、そのための訓練なのかもしれない。何せ、宮支えの場の場合、他国から攻められるという話は荒唐無稽ではないのだ。そう考えると、実は、無駄ではないのかもしれないし、働き方など改革しなくて良いのかもしれない。



2024年12月14日土曜日

Day287 換え

 この仕事は属人性が低いことになっている。実際、マニュアルを受け取り、その通りに行うと仕事ができることが多い。ただ、マクロ経済をしていた人が、男女の格差是正を取り扱ったり、震災復興の推進を行ったりする。対象となる範囲は結構広いのである。

しかし、マニュアルも完璧ではなく、抜けていたり、反映されていなかったりと、さまざまなところにトラップがある。マクロが組まれていたり、RPAを使ったりとこれらを使いこなすようになるだけで一苦労である。しかも、使用していたファイルが破損することもある。そうなるとバックアップから復帰させるか、さもなくば作り直す必要がある。

確かに属人性を低くして、換えの利くようにしないと定期的な異動に対応できないのだが、少しずつでも改良されている状況にキャッチアップするには、持てる能力を結構フルに使わないといけない。

換えの利く職業ではあるが、ハイスペックを要求される職場である。道理で、至る所に東大京大卒がいる訳である。



2024年12月13日金曜日

Day286 年末年始のお知らせ

 少し独特だなぁと思った項目。

内部に対して行う年末年始のお知らせである。大臣を支える部門があるが、その部門の年末年始のお知らせだ。掲示板に掲示する。

まず、外に向けたものではない。一般企業であれば、ステークホルダーに対して営業期間のお知らせをするのは、理に適っている。一方で、内部である。スケジューラーで休みを書いておけば良いだけである。それを掲示板で示すというのは、理解に苦しむ・・・。と言いたいところだが、そろそろ慣れてきた。

これは、レベルは低いものの、進歩である。中身はというと、情報の受け取りをストップする期間である。これをやらないと、オーバーフローしてしまうのであろう。常に最新の正しい情報を素早く受け取ることが仕事の一つだが、止めないといけないこともある。難儀なものである。

で、お知らせはというと、29日から正月3が日は休みます。というものである。仕事熱心である。



2024年12月12日木曜日

Day285 19時上がり

 定時は18時45分である。

もっとも、私のように企業からの出向者の場合は、17時15分があがりとなる。そして、その時間に終わる人は限られている。期間従業員という雇用期間が定まっている人などは、その時間に終わる代表例である。企業や自治体などからの出向者も一応その区分になるのだが、実際の扱いは公務員と同じである。つまり、エンドレス。

期間従業員の方の雇用の仕方には、問題が潜んでいる。同一労働同一賃金だったり、同じ職で雇用し続けた場合は正社員にするといった法令により、定期的に辞めてもらい、再びすぐ近くの部署で再雇用するというものである。

雇用の調整弁であるが、健康保険や年金といった部分で不利な部分がある。しかも、このルートに入るとほぼ抜け出せないというおまけが付く。これは賃金改定を含めて進めていくべき部分であるが、今回雀の涙程度には上がったようである。

一方、企業からの出向者は2年で戻るので、修行期間と呼ばれたりする。宮支えの場に人員を送り込めるような会社は基本余裕がある。システムとしても整っているし、働き方改革なども進んでいるホワイトな会社がほとんどである。したがって、劣後した環境に放り込まれる訳であり、修行期間と言われる所以である。

それでも19時に上がれたりすると中々楽しい。気分的には、午前中で業務が終了した感じ。何もないのにウキウキしてしまう。実際には何をするわけでも無いのだが、心に溜まった澱みのようなものが晴れるのである。長時間労働者の典型的な症状である。

一方で、時間が貴重な資源であることを思い出させてくれるイベントでもあるのだ。19時にあがって、これまでに帰ったことのないルートで帰ってみよう。きっと新しい発見と共に新鮮な気持ちが蘇ってくるはずだ。




2024年12月9日月曜日

Day284 労働はコスト

何を今更な。と思われるだろうが、労働はコストである。

製造業の場合、時給なんてレベルでは考えない。分単位、あるいは秒単位でいくら?と考えるのである。要は息をしているだけでお金がかかるという事実がある。

翻って宮支え。

これまでは残業代は、一定額を支払われていたか、全く払われていない状況であった。まぁまぁなブラック企業状態。これは、雇用者からするとサブスクである。一定額を払っていれば使いたい放題。こうなると、労働がコストという感覚は薄れる。何せ、サブスクである。

現状は、残業が支払われる状況になったので、いわば従量課金制。ただ、使う側のマインドはサブスクから抜け出せていない。つまり、労働は使いたい放題である。

これには民間企業には無い問題がある。無い袖は振れないとならない。民間企業の場合は、儲けがなければ払えないだけであるが、親方日の丸なので、お金は引き出せる。コンプライアンスを引き出して、予算を獲得すれば良いだけである。全く腹は痛まないのである。コスト感覚ゼロである。

一部では、コストであることを認識して、いかに人手をかけずに成果を上げるかを検討している部門がある。そのような部門は、仕事を見直したり、RPAを導入したり、新しいツールを導入したりと省人化を試みているのだが、残念なことに少数である。

労働はコストである。この認識をすれば、すべき仕事、不安だからやっておく仕事、将来に向けた仕事、しなくて良い仕事などの優先順位をよりシビアに付けられることで、仕事の仕方が変わってくる。宮支えに足りないマインドは、これである。



2024年12月7日土曜日

Day283 足りないのは環境

 この国の公務員は世界一の質を持っていたと過去のように語られる。確かに、この20年近く日本の給与は一向に上昇していないことから、そのアウトプットの質は年々低下しているように見える。これは、国同士の争いなので相対的なものであり、他の国も伸びていなければ、物価が徐々に下がり、人口も減る中においては、むしろ成功している国と言えるのだ。

それは、額面上の金額である名目と物価の値上がりなどを加味した実質という尺度を使うと見えてくる。この辺りは、日銀あたりの経済レポートを見るとしっかり描かれているので、参考にしてほしい。

しかし、相対的なもの、と書いた通り、相対的に見ると日本という国の経済的な位置づけは年々下がっていると言わざるを得ない。かつて成功した方程式に則り続けて落ちぶれていく大企業のようである。

では、中の人たちはどうかと言えば、優秀である。自分達の過去と比べても、今の子達の方が優秀と言えそうなくらいである。そんな彼らが力を発揮できないとすれば、システム側の問題であり、彼らの上に立つトップ層の問題である。自由にやらせてみて、本当にダメな時だけフォローする。本来は、そのような管理で十分なのだ。むしろ、管理ということすら不要かもしれない。

彼らに足りないのは、任せられて活躍する環境。

幹部は、権限を移譲し、若い子たちの尻拭いをすれば良い。「好きにやれ。あとの責任は俺が取る」と言ってくれればそれで良い。それで、この国は復活する。



2024年12月6日金曜日

Day282 国民

 宮支えをしていると度々疑問として湧き起こるのが国民である。

民間企業に勤めていると商品開発をする際には、ターゲットとなる人のプロファイルを結構細かく作る。出来上がった架空の人物像でユーザーインタビューをすると、これ私のことでしょう?と言われることが結構な頻度である。そのくらい実在しそうなレベルまで作り込むのである。

一方で、宮支えの場でのお客さまである国民というのは、一向に姿を現さない。マクロ経済としての消費者というのはいるのだが、あくまで平均的な形で、私からすると顔も無ければ、姿も見えない。こんな人にサービスの提供をするイメージが湧かないのである。そもそも人なのかも定かではない。喜ぶ顔が見たくて製品を作るのに、その相手の顔が見えないのである。何をモチベーションにして良いのか、さっぱり分からない。

そう考えた時に、代議士制というのは、弊害はあるものの結構良いシステムである。少なくとも実在する人がいて、その代理を務めているのであるから。

この場に来るまでは、国会というシステムは声を吸い上げる方法として機能しているのか疑問だったのだが、取れる手段の中では最良の選択をしていると言えそうだ。ただ、これだけ情報伝達方法がリッチになった現在では、十人十色の状態を提示できるようになっている。

国民とは概念であり、実際には顔を持った人がちゃんといるのだ。そこに対応できるシステムも作れそうだし、それができればより良い国になっていけそうである。



Day376 使命感と共感に満ちた日本の未来へ

 私の宮仕への出向が終了を迎えた。 長いようで短い2年間であった。 この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった...