何を今更な。と思われるだろうが、労働はコストである。
製造業の場合、時給なんてレベルでは考えない。分単位、あるいは秒単位でいくら?と考えるのである。要は息をしているだけでお金がかかるという事実がある。
翻って宮支え。
これまでは残業代は、一定額を支払われていたか、全く払われていない状況であった。まぁまぁなブラック企業状態。これは、雇用者からするとサブスクである。一定額を払っていれば使いたい放題。こうなると、労働がコストという感覚は薄れる。何せ、サブスクである。
現状は、残業が支払われる状況になったので、いわば従量課金制。ただ、使う側のマインドはサブスクから抜け出せていない。つまり、労働は使いたい放題である。
これには民間企業には無い問題がある。無い袖は振れないとならない。民間企業の場合は、儲けがなければ払えないだけであるが、親方日の丸なので、お金は引き出せる。コンプライアンスを引き出して、予算を獲得すれば良いだけである。全く腹は痛まないのである。コスト感覚ゼロである。
一部では、コストであることを認識して、いかに人手をかけずに成果を上げるかを検討している部門がある。そのような部門は、仕事を見直したり、RPAを導入したり、新しいツールを導入したりと省人化を試みているのだが、残念なことに少数である。
労働はコストである。この認識をすれば、すべき仕事、不安だからやっておく仕事、将来に向けた仕事、しなくて良い仕事などの優先順位をよりシビアに付けられることで、仕事の仕方が変わってくる。宮支えに足りないマインドは、これである。

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