2024年12月6日金曜日

Day282 国民

 宮支えをしていると度々疑問として湧き起こるのが国民である。

民間企業に勤めていると商品開発をする際には、ターゲットとなる人のプロファイルを結構細かく作る。出来上がった架空の人物像でユーザーインタビューをすると、これ私のことでしょう?と言われることが結構な頻度である。そのくらい実在しそうなレベルまで作り込むのである。

一方で、宮支えの場でのお客さまである国民というのは、一向に姿を現さない。マクロ経済としての消費者というのはいるのだが、あくまで平均的な形で、私からすると顔も無ければ、姿も見えない。こんな人にサービスの提供をするイメージが湧かないのである。そもそも人なのかも定かではない。喜ぶ顔が見たくて製品を作るのに、その相手の顔が見えないのである。何をモチベーションにして良いのか、さっぱり分からない。

そう考えた時に、代議士制というのは、弊害はあるものの結構良いシステムである。少なくとも実在する人がいて、その代理を務めているのであるから。

この場に来るまでは、国会というシステムは声を吸い上げる方法として機能しているのか疑問だったのだが、取れる手段の中では最良の選択をしていると言えそうだ。ただ、これだけ情報伝達方法がリッチになった現在では、十人十色の状態を提示できるようになっている。

国民とは概念であり、実際には顔を持った人がちゃんといるのだ。そこに対応できるシステムも作れそうだし、それができればより良い国になっていけそうである。



2024年11月29日金曜日

Day281 宮支えのDX

 宮支えの場とDXは兎角相性が悪い。

随分と誤解があるのだが、DXとはデジタル化を手段とした業務改善である。決してデジタル化が目的ではない。例えば、紙の文書の削減でPDF化するのはデジタル化だが、ここで終わってはいけないということ。

PDF化したのちに、PC画面をお互い持ち出して対面で説明するのはあまり意味が無い。そこまで出来たら、オンラインで行うようにするのが好ましい。①移動の手間を減らす②これまで参加できなかった若手の参加が可能にする③情報の検索性を高め、判断に活かす。などのメリットを享受しよう。

紙の使用量が減ると言ったことがフォーカスされるが、大多数の企業にとって紙の値段は目に見えるコストであるが、決定プロセスを考えた時のコストとしては大した問題では無いはずである。むしろ、紙云々言っているDXは、私の経験上、DXでは無いことが多い。

で、宮支えのDXであるが、これがまた相性最悪である。

何せ、プロセスが変わるのである。

滞りなく進めることを至上命題とする中で、これまでに磨き上げてきたプロセスに不安定要素を入れようとするのである。そこに合致した上で、効率まで上げる方法というのは、望み薄である。しかも、オペレートしているのが、日本の最高学府を優秀な成績で卒業して、さらに研鑽を積んだ状態の人々である。無理ゲーの類である。

何かやりたいのであれば、中に入り込んで多少の無理が利く状態になってからとなる。相手を変えるのなら、懐に飛び込むに限る。



2024年11月28日木曜日

Day280 バランスが大事。

 すでに明らかになってきたが、テレワークも良し悪しである。

会議の時間が明らかに減る。自分の作業時間が取れるのでアウトプットの質が高まる。こういったプラス面がある。これは数値として分かるプラス部分である。一方で、画面越しに仕事をするテレワークでは、チームビルドは難しい。人間は肌感覚でチームを作るからである。相手がどんな人間なのかは、あって見ないと分からない。これは、数値として測れないマイナス部分である。

今のテレワークでは、組織の暗黙知が伝わらないのだ。これが有効なのは、普段から勝手知ったる人たちの間でのみ成り立つ方法である。新しい人を迎え入れるには不向きだし、たとえ迎え入れられたとしても、深い部分で組織に慣れ親しんだとは言い難い。いざという時にチームがバラバラになるのが見えている。

テレワークは、道具である。道具を全面に押し出して良いのは売るほう。使うほうは、道具に使われることなく使いこなす必要がある。バランスが大事。



2024年11月25日月曜日

Day279 デジタルトランスフォーメーションが難しいわけ

 縁あって、組織横断のデジタルトランスフォーメーション推進の仕事に関わっている。DXというやつだ。これはカタカナ用語の最たるもので、とりあえず題目を唱えていれば良いと思っているところから、これこそ仕事の真骨頂と思うところまで、人それぞれである。

私はといえば、真骨頂だと思うが、急速に進めてはいけないと思っているクチである。というのも、仕事の仕方が変わるので、利益を出すのが至上命題の民間企業ですら、受け入れられる人も組織も限られている中、変えないことを良しとする宮支えの場においては、かなりの難題。なので、ひっそり進めて気がついた時には仕事の仕方が変わっている、というのを進めている。

まずは、定まった仕事について、人を介さずに進められるようにする。これにデジタル化が必要であれば導入を促す。同じような項目が他にないか探す。そちらも進めるといった具合である。

ただ、やり始めて分かったこととしては、デジタル化以前なのである。つまり、データセットの作り方ができていないので、そこからスタートする必要がある。例えば、Excel方眼紙あるいは神エクセルが跋扈していること。

入力し直すことが仕事になっている例が多く、高度化されているというか、担当じゃないと分からない変な専門化が行われているのである。まずはこれから始める必要がある。手元から始めて、すでに二人分の仕事は一人でできるようにしたので、生産性は2倍。実は二人分の仕事も10分の1以下の工数でできているので、生産性は20倍以上になっている。ただ、評価はされない。測る手段と評価項目がないからである。最初の一雫は気付かれないのだ。新しいことをする難しさというのは、こんなところにもある。



2024年11月24日日曜日

Day278 カタカナ用語で煙に巻く

 カタカナの言葉が出てきた時は要注意である。

例えばイノベーション。

さまざまな意味合いを含んでいるので使い勝手が良い反面、受け取った方も勝手に解釈できる言葉である。新結合と訳され、結びつけ方によっては新しい価値を生み出すのがイノベーション。決して新技術の開発だったり、新商品を意味するものではない。例えていうなら、任天堂のWii。スペック自体は前機種のN64ベースだし、コントローラにしても赤外線を使った枯れた技術。しかし、その組み合わせでゲームだけができる新しい体験を提供したのである。

技術に暗い人だと、魔法としか思えないのだろう。魔法なら新しい技術が必要で、これこそイノベーションとなる。これが続くとイノベーションとは新しい技術をもとにして魔法のようなことができる一連の仕組み、となってしまう。

意味の確認も疎かになる。美しい国というコンセプトを掲げた首相がいた。これを聞いた瞬間になんと曖昧なコンセプトだろうと思った人はたくさんいたはずである。あえて日本語で打ち出した首相の心意気は立派だと思うが、それはさておき、このようにカタカナ語でなければ、瞬時に言わんとしている中身が解るのである。

カタカナ用語が出たときは何を言わんとするのか要注意である。ちなみに、コンセプトという言葉も相当危ない用語である。注意されたし。



2024年11月22日金曜日

Day277 不思議な習慣

 仕事柄、国会中継はずっと映し出されている。

今でも慣れないものがある。それが、開始の際に議長を大声で呼ぶ習慣である。

どうも、マイクなどがない古い時代からの習慣でずっと続いているようだ。これは大役らしく、人によっては練習を繰り返すのだそう。会期の前日などは、会議場を借りてリハーサルするくらいである。人知れず努力をしているのである。

ただ、そんな習慣を知らない人からすると、マイクもあるし、喋る順番まで決まっている中で、何で大声を出して耳目を集める真似をするのか不明である。こういった不思議な習慣はある程度残っていても良いが、人が減り、相対的な国力が低下している現在においては、明治時代の遺構から脱却して、日本というビジネスモデルを今一度考え直す必要があるのでは無いかと思う。そうしないと、壁は乗り越えられない。



2024年11月21日木曜日

Day276 暦と仕事のサイクル

 宮支えの仕事のサイクルは、部局によって異なるのだが、私がいる場では1ヶ月を単位として動いている。

他も大体同じだと思うが、対外公表するものがある場合、それが基準となる。この部署の場合は、月に1度公表となるものがあるので、1ヶ月が単位となる。これが、4半期に一度とか1年に一度といった部署の場合は、そのサイクルになると思って良い。

毎月のサイクルとなる場合、おおよその日程の目星はつくのだが、第1週目くらいまでは、予定が決まらない。決まって仕舞えば、変わることはそう無いのであるが、ちょっと先も見通せないし、優先度が高いので変えられない。飲み会の日程などは吹っ飛ぶのである。

そのほか、国会の影響も無視できない。むしろ、影響は大である。ある程度の日程感はあるのだが、なんとなく太陽暦で動いていない節もある。むしろ太陰暦だろうか?

暦は政から来ているものだし、宮支えは政。あくまで私見だが、暦に支配されている感もある。政と暦と仕事のサイクは切ってもきれないもののようである。



Day376 使命感と共感に満ちた日本の未来へ

 私の宮仕への出向が終了を迎えた。 長いようで短い2年間であった。 この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった...