2025年5月22日木曜日

Day359 週明けの仕事

金曜日の午後、週の終わりに迫る心地よさを感じながら、机に向かって座っていた。しかし、その心地よさも束の間、上司からの声が聞こえてきた。「この案件をまとめて提出してください。ショートで申し訳ないが、締め切りは月曜日」とのこと。今日はタクシー決定である。明日も多少当てなくてはいけないだろう。宮支えをする者にとって、このような状況は決して珍しいものではない。

週明けの月曜日には、職場は忙しさに包まれるだろう。急な締め切りを迎えるため、上司も同僚たちも休日明けからフルスロットルで働き始める。いや、上司に至っては休みを取っていないに違いない。顔を見合わせることもなく、机に向かい、パソコンの前でのひた走る時間が続く。

週末に家族と過ごす予定を立てていた人も、突然の締め切りによって計画が水の泡に帰してしまうこともある。子供たちからの期待を胸に机に向かいながらも、心のどこかで「働き方改革ってなんだろう?」という思いが渦巻いているに違いない。彼女とのデートもどうなることやら。せめてデート中に電話が来るのだけは避けたいものである。

宮支えとしての仕事は、確かに安定感や社会的な信頼をもたらす。しかし、その一方で緊張感を持ち続けなければならない状況も存在する。特に、金曜日の午後に迫る締め切りは、週末の余裕を奪い、心の休息を乱す。締め切りを守るためには、週末の時間を捧げなければならないことは、宮支えをするものとしての現実なのだ。

金曜日の午後、エコに配慮した薄暗く蒸し暑い居室の中で、締め切りの重みを感じる。周りの喧騒とは裏腹に、一人一人が真剣に仕事に向き合っている。そして、月曜日の朝を迎えることになる。この宮支えの辛さを嘆く瞬間にこそ、職務への責任感とプライドが宿っているのかもしれない。

2025年5月19日月曜日

Day358 続・圧力への抵抗

 宮支えの職員は、一部の人たちに利益があり、国民全体の利益にならないことに対しての圧力に抵抗しているという話をしたのだが、中の葛藤は結構している。

同じような環境で育まれたので似た考えになっているものの、組織には様々な人が居るので、人の考えはそれぞれ。

なので、一つの意見が挙げられた時に出てくる反応は様々となっている。結構幅広いところから選んでくる。個々人がその道のプロ。しかも、プロが複数人集まって横の視点、縦の視点、時間的な視点で検討するので、個人の考察範囲は余裕で超える。三人よれば文殊の知恵とはよくいったものである。その中で、根拠がはっきり示せる項目、出した時に反論が少なくなる項目、反論があっても根拠が示せる項目といった視点から選んでいく。このプロセスを踏むので、無謬性というものが出てきてしまうのだが、これはまた別の話。

このようにして、人心掌握のプロである議員が変な圧力をかけてきた場合は対抗していくのである。

2025年5月18日日曜日

Day357 圧力への抵抗

 宮支えの職員たちは、様々な圧力をかけられる。

最たるところは、議員。直接かかることはないのだが、間接的に掛かる。

これが悪いことかと言えばそうでもなく、時の政権保持者の意向を少しづつでも様々な意見と立場を取り入れた方向へと導くことがある。なお、様々な意見が反映されることは良いことであるという考えのもとでのこと。

そうではない場合もあって、こっちが面倒。

妙に極端で見当違いな意見をゴリ押ししてくる方がいる。これまでの対応を見ると、ほとんどの方は紳士的で常識人、あるいは高潔な人が多いのであるから、ゴリ押ししてくる方はごく稀の一部だと思う。ただ、そういった人は、ゴリ押しに慣れているので、一人の意見を多数の意見のように見せかけられる。こういって仕舞えばスキルの一種であるが、受けた方はたまったものではない。

そんな中でも宮支えの職員は、国民全体の利益を以て公平とするという軸をブラさずに業務を行う。普段見えないものの、そこには圧力に抵抗するだけの信念があるようなのだ。

2025年5月17日土曜日

Day356 省エネ

 宮支えの場では、結構フルで動いているので熱気が篭る。しかし、環境は至って省エネである。

今日は、特にひどい。

近年、この時期でも暑い日々が出ているのだが、全館空調だと効きが悪く、団扇や扇風機が手放せなくなっている。仕事以外のストレスを持たせるのは、これこそが無駄遣いである。省エネも良いのだが、作業場は快適に。どうせ考えるなら、足りないエネルギーを作り出す方法に知恵を絞りたいものである。

2025年5月16日金曜日

Day355 ゲキリン

 いわゆる地雷を踏むというやつである。

誰の?と言えば、一般的な企業であれば上司。宮支えの場では、大臣だったりする。まさに、逆鱗に触れるという状態である。

支えている職員であるが、彼らは試験制度で通ってきた人々。大臣は、選挙制度で通ってきた人々。実は、クリティカルポイントが違うのである。なので、得意の忖度を駆使しても、逆鱗に触れてしまうことがある。

今回も、そんなところに在るのか!こりゃ収まらなそう・・・と、逆鱗に触れたとしか言いようのない状態になった。もはや、天災レベルなので、被害を被った職員は気の毒であるが、通り過ぎるのを待つのみ。こういう現象が見られるのも、宮支えの場ならではのこと。何度もあると堪えるが、一度は体験してみることをお勧めする。

2025年5月11日日曜日

Day354 新しい仲間

 宮支えの場でも常に新しい人材を供給しなければならない。

知っているようで知らない仕事。知られているようで、知られていない仕事。それが宮支えの仕事である。

割と人材獲得にリソースを割いている。

基本は科挙のシステムなのだが、そこに日本独特のマッチングが入ってくる。2〜3年次の先輩が赤門のある学校などにOB・OG訪問したり、訪問の際に面談し適性を探る。基本は振り落とすシステムであるが。

こうして新しく仲間となって入ってくる新人には、次々と仕事が与えられ、鍛えられていく。仕事をこなしている間に日々が過ぎていくことになるのだが、相当頑張らないとこなせない質と量が与えられる。半年も過ぎた頃には、仕事にも慣れ始め、次の新しい仕事が与えられる。

それにしても、今回は新しい仲間として、大学の後輩に当たる子が入ってきたのは嬉しい限りであった。彼には、校歌の通り、国の礎を成すことを期待したい。

2025年5月9日金曜日

Day353 学校制度

 学校のシステムは宮支えの人材を探すのによく出来ている。

管制大学というと大袈裟に思えるが、このシステムはまだ生きている。能力的に優れた人物を呼び寄せる。いわゆるプロパー職員に選んだ理由を聞くと、何となく、という答えが結構な割合で返ってくる。もちろん根源的な部分には国民の役に立ちたい、国を動かせる大きな仕事がしたい、などの動機は当然あると思うが、第一声には何となくというものが多い。

これは結構すごいことである。このシステムで教育されると深層意識くらいまでに刷り込まれるということだろう。ここを選ばなかった人にしてみても、日本の教育システムで育ったとすれば、最終目標は宮仕えとなるべきといった感覚を持っているのではないかと思うのである。

かくいう私も宮支えをしてみて、その呪縛がやっと解けた。あるいは、お役目が御免になったという感覚がある。学校の制度とは、こうもよく出来ているのである。

Day376 使命感と共感に満ちた日本の未来へ

 私の宮仕への出向が終了を迎えた。 長いようで短い2年間であった。 この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった...