2025年1月26日日曜日

Day303 得意技

 宮支えの職員は、忖度という得意技を駆使して、日常的な仕事をこなしている。忖度とは、要領を得て、目的を達成するために、正式な手続きから多少外れ、柔軟な対応をすることをいう。この技は、宮支えの職員が日常的な仕事をこなす上で、非常に重要な役割を担っている。

一方で、宮支えの職員は、他部署への依頼を行う際には、忖度をさせないように明示的な文書を作成する能力を持っている。明示的な文書を作成することで、仕事が遂行される上でのミスを防ぐことができ、効率的な仕事の遂行が期待できるからである。また、明示的な文書を作成することで、仕事の遂行における透明性や可視性が高まり、公正な審査や判断が行われることが期待できるのだ。

別の視点で見ると、宮支えの職員は、明示的な文書を作成することで、自分自身が行った仕事の正当性を証明することができる。さらに、明示的な文書を作成することで、仕事の遂行においての課題や問題点を洗い出すことができ、改善の余地を見つけることができる

そう考えると、宮支えの職員が、忖度を駆使して日常的な仕事をこなす一方で、明示的な文書を作成する能力を持っていることは、宮支えの職員の質の高さを示しており、重要な要素であると考えられる。

ただし、この能力は、一朝一夕では身に付かない。経験を積むことで養われるものである。向上させるためには、定期的なトレーニングや研修、実践投入による修羅場をふむことが必要である。



2025年1月25日土曜日

Day302 ボトルネックはIT

 あくまで個人の実感であるが、宮支えの仕事においては、時代遅れのパソコンやネットワーク環境が仕事の効率を低下させている。文書の変換でコンマ数秒待たなければならず、ファイルの展開にも時間がかかるし、メールの表示にも数秒かかる。思わず他の仕事に取り掛かりたくなるレベルの遅さで、人の思考が途切れる。少なくとも私は途切れてしまうので、再度トレースし直さないと調子が出ない。これは、私が宮支えの仕事を効率的に行うためには、最新のパソコンやネットワーク環境が欠かせないということを示していそうである。

時代遅れのパソコンやネットワーク環境は、宮支えの仕事において、障害となっている。例えば、パソコンが古いために重いプログラムは起動できても落ちる。手戻りが発生するので仕事が遅れる。また、グラフィックボードを積んでいないので、画像処理能力が低く、低解像度でのオンラインミーティングを強要される。ネットワークが遅いことも起因していると思うが、快適に仕事ができていない。

これらの問題は、宮支えにおいて、大きなストレスや負担を引き起こし、仕事の効率を低下させている。それは、宮支えの職員が、国民の期待に応えるために、最善を尽くすことができなくなっていることを示している。

宮支えの仕事の効率を高め、国民の期待に応えるために、最善を尽くすには、最新のパソコンやネットワーク環境が欠かせないことを強く実感している。時代遅れのパソコンやネットワーク環境を改善することが求められていると考える。





2025年1月24日金曜日

Day301 宮支えの面白さ

 国会が始まる時、国民の代表である議員たちが集まり、国の大事な決定がされることを宮支えの場では特に実感できる。それは、宮支えをしている面々が日々努力し、国民のために働いていることが、実際に国民の生活に直接影響を与えることになるという高揚感をもたらしている。

また、国会では、様々な立場・意見が交わされ、議論が繰り広げられる。マスコミはダイジェストで伝えるしかないのと視聴率という行き過ぎた指標に支配されがちなため、ニュースになるような場面しか切り取らないが、大半は至極真っ当なことを言っている。また議論の質問は、宮支えの人間が持つ考えを改め、新しい視点を得るための貴重な機会でもあるだろう。

一方で、国会が始まると同時に、宮支えを行う者は責任を感じ、身が引き締まる思いになる。議員たちが決定をするために必要な情報を正確かつ迅速に提供することが求められ、議員たちが決定した政策を適切に実施するために、宮支えを行う者達は全力を尽くすことが求められるのだ。

だから、不夜城などと言われるのだが、国会が始まる時の高揚感と責任を背負いながら、国民のために尽力していることが実感できるので、実行できるのである。



2025年1月23日木曜日

Day300 まつりの始まり

 国会は、国民が一つになって共に考え、話をし、決定をするまるで祭りのような感覚を持つ。そして、その祭りが始まるときに正確には天皇陛下が開催宣言をするのだが、質疑に関しては首相がその口火を切る。案外これが感動的である。

立ち返ってみれば、首相は、国民の代表であり、国家の最高責任者。彼が国会を開始することは、国民が共に考え、話をすることが大切だということを象徴している。そして、首相が口火を切ることは、国民が一つになって共に考え、話をすることができる国家を実現するために、首相自らが先頭に立つことを示しているのだ。

また、首相が口火を切る時には、国民が抱える問題や課題に対して、首相がどのような考えを持っているかが明らかになる。それは、国民が首相の指導の下、共に考え、話をすることができるという信頼関係を築くために重要である。

首相が口火を切る時の祭りのような雰囲気と、首相が国民の代表であり、国家の最高責任者であることを示す意義を感じながら、国会を見ている。これは現場に近いところに居ればこその体験である。



2025年1月18日土曜日

Day299 神輿の原理

 支える大臣の話を見ていると良い意味で神輿の原理に似ているとつくづく思う。

悪い意味では、上にちょこんと乗っている。であるが、今回の場合は、担ぐ人と神輿の上に乗って指揮する人の両方がいないとうまく回らないという話である。

大体、大臣が話す内容は、大臣が大まかな指示を出して下のものが原稿を書いている。事実関係だったり、細かいニュアンスだったり、句切れの良さなどを加味して作成しているのである。その中に一言二言加えることができるし、それを受けて大臣が情熱を加えて伝えるのである。

読み上げ原稿は事前に知っているので、演説の場は一度見たドラマを見ているよう。ただし、演者による演出付きである。これは、担ぐ人と担がれる人の双方の息が合わないとグダグダになるし、場合によっては双方に怪我人が出る。その辺りはまさに神輿と同じ。政は祭り事である。



2025年1月16日木曜日

Day298 作る文書までミニマム

 宮支えの場は、言葉と文書。したがって、他の意味に取られないように正しい日本語を駆使して、正確に伝えることが要求されている。そのため簡潔に少ない言葉で示される。如才なきことですが、など一般的には使わないが、ここでは頻繁に出てくる。

と、簡潔に少ない言葉で示す必要性はどんなシーンでも民官関わらず要求されていることであるが、特に宮支えでは顕著。さらに文書の上長を嫌うのでとにかく少ない言葉で表されることになる。蛇足だが、首相の〇〇というのは、このことで・・とか、言葉が入った、とかが話題になるのはそう言った背景があるからである。

ところで、あまりに行きすぎているのではないかな?と思うことがしばしばある。

少し前に話題にしたロジスティックだが、段取りをフローで示せば良いものを言葉で示すのである。しかも、極めて簡潔な言葉で示されているので、読み解く必要がある。当日の切羽詰まった時に参照したくても読み解く必要がある。なんの為の文書なんだろうと思ってしまう。もしかすると、慣れてしまうと極めてわかりやすのかもしれないが。少なくともプロジェクトマネージャー経験者からすると分かりにくいことは確か。ミニマムも良し悪しである。



2025年1月13日月曜日

Day297 民間との違い

 民間との違いは多々あるのだが、まず影響を及ぼす範囲が違う。

私の出向元企業は世界的な企業なので、及ぼす影響は日本国内に留まらないのだが、それでもやはり民間である。広いものの極めて限られた事業分野だけであり、競合となる会社も複数あるので、代わりが利く。言ってしまえば、関係者でもなければ、会社が無くなったところで個人の生活に影響は出ないのである。

一方で、宮支えの場合、国外への影響も日本くらいになるとそれなりにあるが、とりわけ国内は絶大である。無くなったら大ごとだし、色々決められる。何せ、憲法で定められているくらい強力な権限を持っているのであるから。

そうなると、未来への影響も大きい。そんな影響を及ぼせるのは宮支えならではの仕事である。一度くらいは、そんな場に身を置いても良いのではないかと思う今日この頃である。



Day376 使命感と共感に満ちた日本の未来へ

 私の宮仕への出向が終了を迎えた。 長いようで短い2年間であった。 この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった...