2023年8月24日木曜日

Day34 食堂

 食堂がある。

庁舎には旧建屋と新建屋の二つがあり、それぞれ結構な階層のある建物なので職員は多い。従って食事は重要なファクターである。

霞ヶ関とはいえ虎ノ門が近くなので、いくらでも美味しいお店はあるのだが、時間の制約だったり、お金の面でそうそう行けるものではない。

そのような状況なので、食堂があるのは大変助かる。

メニューもまぁまぁ豊富で、値段もあの辺りにするとリーズナブル。味は、昔の社員食堂レベル。したがって、毎日使えれば大変助かる。

のだが、一切使っていない。

連れ立って飯に行こう、という風潮が部署に無いこともあるが、長蛇の列に並ぶこと、パーテションに区切られて一蘭並みに席が狭いこと、などが重なり、リピートする気が一気に失せた。

利用時間の分散のお知らせが月に数回来るのだが、効果の程は限定的。昼休みは限られているし、真面目な人しか公務員にならない訳だし、あの時間に全員が昼休みになったら、そりゃあの混雑になるはずだ。一般企業の場合は、11時半頃から13時半頃まで強制的に分散利用させたりするのだが、きっちり12時〜13時が昼休み。この辺りは柔軟性を持って運用しても良かったと思うのだが。



2023年8月23日水曜日

Day33 トイレと5S

 5Sという言葉が製造業にある。

整理、整頓、清掃、清潔、しつけの頭文字をとったスローガンである。

この言葉は奥が深い。

5Sを徹底できている企業は、だいたい良い物作りができる傾向にある。

仕事柄、協力メーカーに出向くのだが、その会社を見極めるときのチェックは5Sである。従業員が挨拶できるようなら、まずレベルが高い。大きな会社であってもできていない会社がある一方で、小さく古くてもしっかりしている会社もある。むしろ、そのような会社のほうが5Sはしっかりしている印象が多い。

私の場合は、現場を見るだけでなくトイレを見る。とりわけ従業員用のトイレに入れる時は、入るようにしているのだが、ここは5S状態がモロバレなのだ。ここに清潔感がある場合、生産するものでの不良は滅多に起きない。

蛇足だが、従業員10名に満たず、築50年は経っているのではないかという建屋に、トイレは建屋の外という会社であったが、使っている機械はよく掃除がされており、屋外のトイレも掃除が行き届いている会社だった。実際に仕事をお願いすると素晴らしい仕事をしてくれる。最初は、うちのような大企業と取引するには小さいし何より品質の担保ができるか分かりません、と言っていた資材も最後にはいい会社ですねという太鼓判がつくようになった。こんな感じで零細企業ながら良い会社を見つけ出すことが多いので、資材担当からは信頼を得ていた。

と、相当道を外れてしまったが、官庁の話に戻ると、トイレは案外綺麗にされている。清掃の方が毎朝掃除するが、私の登頂時間はそれより前なので前日の使い方を嫌々ながら見ざるを得ない。

結構な人数が登庁しているので、あの使用人数に対して考えると綺麗なのだ。

ここが汚かったら、この国どうなるんだろうと不安だったが杞憂に終わって良かった。



2023年8月20日日曜日

Day32 一息つく間もなく

 ホッと一息。

と思いきや、突発的に新しい依頼が舞い込むのが今の職場の特徴。

珍しく幹部から質問が連発したようで、その対応で仕事が降ってきた。とはいえ、簡単な仕事であると思った通り、9割までは簡単だった。だが、残り1割の脚注、体裁で持ち時間を全て使ってしまう状況になった。

は〜?コピペしただけなのに、なんでこうなるの!ここを修正したら、他の部分もリセットされてんじゃん!の連発である。さらに再起動のおまけ付き。呪われているとしか思えません。

しかし、これも同僚のサポートのおかげもあり無事に終了できて、ホッと一息。

と思いきや、「すっかり忘れていると思いますが・・先週のメールでリマインドがあった仕事を逆算すると今日までと考えておいたほうがいいですよ。」とのアドバイスが。頭の片隅にも入っていなかったので、命拾いした感じ。持つべきものは同僚。サンキュー。

元同僚からの置き土産の仕事を片付けようとファイルを開くと・・・。

松田優作ばりの、なんじゃこりゃ〜な状況。参照ファイルへのリンクが切れ何の統計から引っ張っているのか分からないし、指示通りの形式で作成されていなし、カオス状態。別の同僚がチェック完了済みにしていたが、ウソだろという感じ。しかも、担当最終日に後継の統計情報が名前も様相も新たに出されているというおまけ付き。これをサポートせよというのは、離任する元同僚にしても、あまりに酷なものではあるが。

そういえば、「全然携わってないものも引き継いでしまい申し訳ない。ちょっと大変かもしれないけど」とは言われた気がするが、これがちょっとなら相当なS属性である。元同僚、恐るべし・・・

とはいえ、これもまた作業の目処がついた。見れば10時を回らんとするところだが、これにてホッと一息。

と思いきや、・・・。もういいや、今日は帰ろう。



2023年8月19日土曜日

Day31 反省会

 というわけで、今日は前日の反省会である。

何が悪かったのか、何を改善すれば良いのかを自分の眼、同僚の眼、上司の眼から確認しあい、認識が合致できたので次に向かうこととした。

しかし、それでも起きてしまうのがミス。

資料更新の次なるミスが出てきた。

間違ったところを直して新たなミスが出るパターンもあれば、ミスが治しきってなく時間切れになるパターンも発生。その他、製造業で知る限りの失敗パターンのオンパレード。自分でも嫌になるレベルだった。

ファインプレーができるようになるには、まだ遠い・・・



2023年8月18日金曜日

Day30 改善は難しい

 本日は月に数回ある忙しい日の中で、最も忙しい日。

結果から言うと失敗である。

タイムアタックのような様相を示している時間勝負の文書作成作業である。ならば、自動化すれば良いと文書が自動更新されるようにしたりと工夫を凝らしてみた。

これが失敗。

作った時にはうまく働いていたのだが、実際に使ってみるとバグだらけになっている。リンクが切れるとか、画像が消えるとか、開くのに3分近くかかってしまうとか。である。

おかげで全く時間を稼げなかったどころか、余計に時間を喰う始末。いくつかの仕事が、たまたま無くなってくれたおかげで何とかなった、という状況だった。

しかも、本来やるべき部分についても、モレ抜けが存在して不完全。説明もしどろもどろと良い所なし。ビシッと決めて鮮烈デビューと行きたかったが、実際は真逆。いかりや長介ばりの「駄目だこりゃ」である。

今となっては言い訳にしかならないが、原因のほとんどが前回のOJT時に前担当がやって対応策を教えてもらっていない部分である。もっとも残る部分は、聞いていたが忘れた部分なので私のミス。だがこれも、関連する数百ある手番のうちの1つ2つなのだが、結構なウェイトを占めるミスになるくせに、口頭による説明のみ。覚えていることのほうがすごいレベル。これを地雷と呼ばず何と呼ぼう。

ただ、いずれの担当もこなしてきたようなので、PCの操作を受け付けてくれなかったり、再起動がかかったりすることはあるものの、過去の担当レベルまで到達していないと見なされても仕方がない。

次から何とかせにゃならん、というところで復習あるのみ。



2023年8月17日木曜日

Day29 レンガを積んでいるのか、国を作っているのか

 イソップの寓話に3人のレンガ職人という話がある。

旅人がレンガを積んでいる3人の職人に、なぜレンガを積んでいるかを聞いた。一人目は、親方に言われたから。二人目は、壁を作っているのだ。大変だが賃金が良い。3人目は大聖堂を作っているのだ。人々の幸せの拠り所となる仕事に携わっているのだ。という。

その後、一人目はレンガを積み続け、二人目はより賃金の高い難しいレンガ積みを行い、3人目は現場監督として職人を育て、聖堂に名を刻んだ、仕事に対する姿勢の違いがその後を変えていくというお話。

それに近いことが、多分ここの場所で起きていることなのだと思う。

一つ一つの仕事は地味なクセに大変である。しかも、現場監督になることは、企業からの出向者だし、その他の面でもないだろう。

聖堂を作って人の幸せを作るのと同様、一つの経済指標を提示すことで国の礎になれる。この場合、自分がレンガ。心意気だけは3人目になろうと思う。



2023年8月16日水曜日

Day28 初めての問い合わせ

 統計を元に独自の分析を加えて対外発表をしている部署なので、問い合わせが来るとは聞いていた。

本日は初めて問い合わせが外部からあった。しかも朝イチ。出勤者があまり居ない時間帯である。問い合わせしてきたのは、テレビ関係者である。発表前の内部の質疑で準備ができていたので、無事ことなきを得た。質問への回答とともに、簡単なレクチャーを加え5分程度、和気藹々と話が済んだ。

正直なところ、使い方が限定されている情報だし誰が見ているのだろう?という疑問しかなかった。

これが、同じ霞ヶ関の官庁だったり、一般人からは政府機関でしょ、といった所からの問い合わせなら、そりゃあるよね。くらいの感想。それどころか、ご挨拶代わりに問い合わせしておくか、くらいのことが日常茶飯事のようなので、問い合わせは御免させてもらえるなら、それに越したことはない。

しっかり見ている人が官庁以外に居たことに感動した。

仕事の影響が目に見えるというのは、楽しいものである。



Day376 使命感と共感に満ちた日本の未来へ

 私の宮仕への出向が終了を迎えた。 長いようで短い2年間であった。 この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった...