2024年7月11日木曜日

Day231 チェック・チェック・チェック

 書物は推敲を重ねるごとに良いものが出来てくるというのは、古今東西と問わず摂理である。

公的文書は、いつの頃からか間違いを許されないものとなっている。

まぁ、受け取るほうも間違いは無いと思って受け取るし、間違いや異議申し立てをしても跳ね除けられるという文化が長く続いたので、そういうものだと出す側も受け取る側も思っている。

出す方の手間たるやすごいものがあ
り、何度チェックするのか分からないくらいやる。通常は3回程度あるのだが、受け持つ範囲が広い場合などは気が遠くなる作業である。

そんなこともあってか、毎回何か見つかるw

というか、笑い事ではないのだが。

流石に3回チェックするとまず出て来ない。推敲とは大切なものであるが、なかなかできない。それをここでは当たり前にやっている。BUCAと言われる時代にそぐわない部分もあるが、捨てるのはいつでもできるから、ここはこの調子でやっていってほしい。

推敲を重ねるごとに増すのは、読みやすさ。読む人のことを考えれば自ずと苦が減る。



2024年7月8日月曜日

Day230 ナメられてはいけない

意見を述べるにあたり、ナメられてはいけないのは、どんな世界でも起きている。ここ宮仕えの場では、顕著。結構高圧的にやってくる。

経験上、暖簾に腕押しとなると腰砕けになり、引っ込めることが多いので、その手を使う。今回も、まずはその手で収めた。聞けば、上まで通っている上で協議に臨んでいることを伝えると結構な割合で主張を取り下げるのだという。

今回も実際、そうなった。

なんか釈然としない。主張する中身については尤もなところがあり、誰に対してでも引き続き主張してほしいものである。色々言っていたのに、上まで通っているとなったら急に引っ込めるのである。

長いものには巻かれる精神は、サラリーマンとして正しいが、ちょっと残念。もしかして、サラリーマンとして正しくない同類がいるのかもと期待したので、もうちょっと頑張って欲しかった。



2024年7月7日日曜日

Day229 派閥

 七夕は、織姫、彦星が年に1回会える日だが、ここ宮つかえの場には越えるのが難しい川が存在しているようである。

政治、宗教などによく聞かれる派閥。経済の中にも派閥があるようだ。例えば積極財政派と呼ばれる人たちなどである。

個々人の信条によって動いているので、正解・不正解が無い分野で多く出没する傾向がある。私なんぞは、真実はいつも一つというコナン君のセリフでは無いが、主張の違いがあってもいつかは証明される世界が長いこともあり、派閥にあまり価値を見出せないのだが、実際には存在するし、その辺りの方への配慮をしないといけないようである。

政府答弁に一貫性を保つ必要があるためである。質問は各省庁に振り分けられ、責任を持って解答を作るので、過去にどのような解答をしているのか、建前上は全てを把握しておく必要がある。

今回、作成しているとある刊行物において、過去の答弁と異なる主張をしていることから、全削除してほしいという依頼があった。その裏としては、ある派閥を押さえ込んだ答弁をしたのに活気づけるような刊行物をするのだ、けしからん。ということらしい。

派閥も派閥だが、抑え込んだというのも変な話である。これでは、派閥対派閥の戦いである。真実はいつも一つのもう一つの側面は、実績が出た方が真実というもの。企業の論理はこれである。

そう考えると、私はそれほど面倒のない世界に生きてきたのだと実感できた出来事であった。



2024年7月6日土曜日

Day228 無謬性

 無謬性(むびゅうせい)とは、理論や判断に間違いが無いことを指す言葉であり、絶対に正しいという意味を持つ場合もある。

この小難しい言葉は、必修研修用のテキストに掲載があったものである。

テキスト内では、無謬性の罠を打破するという具合であるが、そもそものベースが無謬なのである。ある選択を素早く行ったことで間違えても、素早く切り替えて正しい選択に近づけるというアジリティの高いやり方は取れない。

どこかに絶対的に正しい解があって、変わらないものであれば、その方法も使えるだろうが、変化の激しい時代において、その考え方は通じにくくなっている。変わろうとしているのだと思うが、時代が先に行ってしまっているのでは無いか。とはいえ、組織は人で出来ているのだから、新しく入っているフレッシュな人材が変えたいと思えば変わるものである。芽は出始めているので、後世に期待するのみである。



2024年7月5日金曜日

Day227 表彰

 表彰制度がある。

といっても、研修結果に対してである。

テスト結果の上位者が表彰されるというのである。受験戦争システムの上位者の集まる官庁ならではの仕組みであると感心した一方で、呆れてしまった。こんなところにも受験戦争の弊害があるとは。

いっそのこと、上位者を狙ってみようと思った次第である。



2024年7月4日木曜日

Day226 アンバランス

 行政業務の縦割りは問題とされている。

縦割りが故にたらい回しが起きる。これは、〇〇(の専門)なので、×に行ってください。といった具合である。

使う側からすれば、同じ役所なんだから一つに纏めてくれよ・・・という文句の一つも出てくる。これは、窓口業務の話だが、中央省庁では専門性が高くなるのか、ポストを増やしたいのかは不明だが、やたらと一人部下の部署が多い。

かと思えば、私のところは昔ながらの形で、部、課はおろか、係、班まできっちり分ける必要があるほどのピラミッド型構造。

スリム化し過ぎてしまったのが前者、程よく残ったのが後者。スリム化し過ぎは、何か有事の際に脆いので要注意だ。



2024年7月1日月曜日

Day225 はや1年

 宮仕えに来て、はや1年。

良い部分も、残念な部分も、中の人となって見ることができた。

企業から出向している私に課せられたことは、企業の利益を確保することだが、出向先の職員であるから国に尽くすことも考える。

思えば、社会に出る際、他の人たち同様、いくつもの選択肢があった。

大学及び大学院で自然科学を専攻した私だが、とある理由により政府系金融機関への門を叩いた。有難いことに入門する許可をもらったのだが、その後、新しいものを作り出すことでより便利な世界を作りたいとメーカーへ行く道を選択した。自分でも気付かなかったのだが、その時に選ばなかったもう一つの道が、ずっと心に残っていたのである。

今回の出向は、この心残りを精算できる又と無い機会なのだった。

社運を賭けて・・・までは行かないが、少なくとも事業部の命運をかけたプロジェクトの一つを担う事業リーダーをしていたので、出向の話はエグゼクティブクラスの一部まで衝撃が伝わってしまったらしい。それを考えると出向元もよく送り出してくれたと思う。一番興味深い回答は、俺が行きたかったんだよという上司の言葉。巨大企業とはいえ、ベンチャー気質がまだ残っていたのだと嬉しく思った瞬間でもあった。

一方で、受け入れ側も良く受け入れてくれたと思う。昨今、若手の登用などで、年次などは意味が無くなってきた部分があるものの、官庁こそは年功序列の世界。そこに割り入るのである。勝手の違いに難しさなど課題があるにもかかわらず、受け入れてくれたようである。もしかすると実験的な側面もあったのだろうが、その後、年齢、性別、出向元での仕事など様々なステータスの人が増えたところを見ると、この1年の働きが評価されたのかなと思う。

残り1年。何に貢献し、何を出向元に持って帰るのか。考える日々が続きそうである。



Day376 使命感と共感に満ちた日本の未来へ

 私の宮仕への出向が終了を迎えた。 長いようで短い2年間であった。 この貴重な体験を振り返ると、民間では決して味わうことのできない数多くの気づきが得られた。最終的な上司が大臣であるという特異な環境で、自分の作成した資料が局長に渡り、大臣が総理大臣へ報告する資料の一部となっていった...