個人や社会のために、自分自身が持つ能力やスキル、知識、経験を最大限に活かし、世界や社会に貢献することができれば、それは真に仕事をしたと言えよう。ただ単にお金を稼ぐことや、自己満足のために働くことではなく、より大きな目的や意義を持った仕事をすることが、真の仕事と言って差し支えない。そんな真の仕事を通じて、個人が成長し、社会や世界をより良い方向に導くことができると思われる。
とはいえ、それは念頭に置いて進める究極の姿である。卑近な例では、自分が仕事をしなくても同じ結果が自動的に得られることなどは、真に仕事をしたといって差し支えないと思うのだが、これとてなかなか進められる話ではない。
自動化や効率化を追求し、自分自身の仕事量を減らし、同じ成果を得ることを目指す人は少なからずいるだろう。特に、ビジネスやテクノロジーの分野では、自動化やデジタル化によって、生産性を高めるといったことが該当しよう。
宮支えの悪い部分は、従来の仕事と同じことをするのが良いとされる風潮である。同じことをしているのだから、生産性は高まっていないのだ。
しかしながら、中には自分の仕事を無くし、あまつさえポジションすら不要とする人もいる。しかも、その部門を担う人の一人だったりする。宮支えをするものたちにあっては異質だと思うが、心情的にウマが合う。
そんな人も宮支えをする人たちの中にもいるのだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿