新規事業の開発に携わることが長かったので、国そのもののビジネスモデルってなんだろう?という視点で国政を見てしまう。一つの会社の中でも、いくつかの事業部があり、それぞれが異なるビジネスモデルを持っているので、国が様々なビジネスモデルを持っているのは違和感はない。
とはいえ、よく言われるのが、加工貿易で成り立っているというモデル。
戦前、戦後すぐであれば、その通りであり、今も基本の枠としては変わっていない。安い原材料を仕込んで、便利な機能を追加して高く売る。差別化部分としては、安く高品質な、いわゆるお値打ち品を世界に提供するというもの。
その代表格が自動車。世界に遍く提供できる製品の一つである。ちなみにお値打ちが大好きなのが三河商人。三河を名古屋と言い換えれば、トヨタがその価値で世界に提供しているのも納得である。
じゃぁ、今はどうか?といえば、その役割をアジア各国が担い始めている。一部の製品においては、すっかり主役が交代になって日本は高級品セグメントへ追いやられている。
実は自動車も然り。電気自動車などは最たるもので、電池の発展とともに低価格な製品が次々と出ている。このセグメントへ果敢に挑戦するのも良いし、距離を取って違う領域で戦うのも良い。ただ、無視するのは絶対にダメである。特に、あんな安物は受け入れらないという姿勢は、後に破滅を呼び込む。
ただ、自動車産業を見ているとすっかり高級路線になってしまった。
思い出されるのは、クリステンセンのイノベーションのジレンマである。自動車が、まさに追いやられて高級化路線しか生きる道が無くなっているように感じる。家電は既に追いやられて消滅。自動車は、上にドイツ、下からアジア。風前の灯なのだ。
自動車が転けたらどうなるのだろう?
実はまだ成長を続ける分野があるのだが、自動車ほど人を受け入れられるものではない。
人口減少と相まって、日本が生きていくためのビジネスモデルを作るためには、豊かさの再定義をするところからスタートしないと構造が変わらない。その上で、外貨がなんのために必要なのかを考えていきたいものである。
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