新しい事業を周りに行う場合の説明プロセスにwhat-how-whyというのがある。何をします、どうやって、なぜならば、の順に説明するというものだ。最初のwhatでゴールである魅力的な世界を示す。次のHowでは実現方法、最後にwhyのなぜならばというアイデンティティーに関わる部分を示すと共感が得られやすい。
ある意味当然で、目指す魅力的なゴールが合致していれば、途中のHowはその時々で変えれば良い。whyも大事だが、世界平和だったり安心して暮らせるとかおよそ誰でも持っている部分なので、これが違うことはあまり無い。
ところが、政府の出す方針は、関係省庁の整合に取られ過ぎているのか、howばかりでwhatが薄いあるいは無い文書が多い。新しい事業を起こすにあたり、これを投資家の前でプレゼンしても出資金は集まらないだろうなぁというのが実感。私が出資者なら、これには出さない。国のトップがこれだとイタイ。ちょっと民間に出て勉強してきた方が良いのでは?
資料の中身を見ると手段が目的になっている。政治家が大きな絵を描き、役人がその達成手段を考えるという役割分担はありそうだが、その役割を担うためには、政治家が達成手段を知り、役人は大きな絵を描けているようでないと、担えないのだ。
今の状況はどうだろう。これだけ先が見通せない時代に、効率を主に追い求めるシステムはそぐわないのではなかろうか?任期の限られている国会議員を変えるより、まずは手段を持っている役人が大きな絵を描くことから始めるのが良いと思う。

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